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スラックキーの王様 ー ギャビー・パヒヌイ

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夏がやってきました。 さて、わたしたちの世代は夏というと、海。海というと、三浦海岸、湘南、館山なんてところなんですけども、やっぱりハワイっすよね。 もう30年前、わたし、ハワイに一度だけ行きました。 で、一言でいえば、あそこは、もう、行ったら最後、帰ってこれません。 日本に戻ってきて、じっとりしたよどんだ空気に接したとたん、がっかりしすぎて病気になりそうでしたもん。 それくらい、文句なしいいところ。あそこは人が気持ちよく住むところですね。何もしなくてもいい。 音楽でいったら、そりゃあもう、ハワイアンに決まってるじゃん! 昭和のハワイアンっていうと、バッキーさんですけど、本場のモノホンは、実はちょっと違うんですよ。 本物のハワイアンミュージックの王様、ギャビー・パヒヌイのお話です。 1921年、フィリップ・クニア・パヒヌイは、ホノルルの貧しい地区で育ちました。幼少期から、新聞や靴を売って家族を養っていたといいます。 ポフカイナスクールの5年生の後に学校を中退。 その後、チャーリー「タイニー」ブラウンのバックアップギタリストとしてバーで演奏するようになります。すぐにスティールギターを習得。読譜技術も身につけて、活動をはじめました。 最初は、オーケストラでスティールギターを演奏。ギグの標準的な衣装はギャバジンパンツ。で、「ギャビー」となった、とも言われています。 ギャバジンパンツを愛用し、ギャビーというニックネームを定着させたらしい。なんとも、おしゃれで愉快な話ですね。 ハワイアン・スティール・ギターの熟練したプレーヤーになったギャビーですが、伝統的なハワイアン・スラックキー・ギター(指で弾くオープン・コードスタイル)としても有名になっていきました。 1946年、ギャビーはベルレコードレーベルで彼の最初のレコーディング「Hi'ilawe」を行い、これは、スラック・キー・ギターを使ったハワイアンソングの最初のレコードともいわれています。このレコードは多くの地元のミュージシャンにインスピレーションを与えました。翌年には、スラック・キー・ギターインストゥルメンタルの最初のレコード、「フラ・メドレー」を録音。 「フラメドレー」は、文化的、歴史的、または美的重要性のために米国国立録音登録簿に登録されています。 さらに、アンディ・カミングス、レナ・マチャド、レイ・キニーなど、...

ミンストレルマン・フロム・ジョージア ~ エメット・ミラー

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日本でヨーデル、というと、チロリアンハットかぶったお父さんイメージが一般的ですが、アメリカを代表するカントリー&ウエスタン音楽の初期の唄を一番特徴づけているのが、いわゆる「ブルー・ヨーデル」。流行らせたのは、1920年代に活躍したジミー・ロジャースでした。 ロジャースは、カントリー音楽の父、として、一般的に有名ですが、同時期にロジャース自身に大きな影響を及ぼした人がいます。 彼の名前は、エメット・ミラー。 「ミンストレル・マン・フロム・ジョージア」として知られる人です。 ミラーが20年代に吹き込んだ数々の楽曲は、現在、ほとんどカントリーやジャズ音楽のスタンダードとなっており、ジャズとカントリーのミッシング・リンク、現代のカントリー&ウエスタン音楽の先祖、と言われている重要人物ですが、1970年代まで、ほとんど顧みられることもなく、その経歴のほとんどは未だに謎のままなのです。 ミラーの歴史的な知名度が低いのは、表だって活躍した期間が20年代後半の5年間ほどと非常に短く、しかも経歴がほとんどわからないためだと言われています。しかし、それには理由がありました。 ミンストレル、というのは、アメリカ大衆芸能そのもののルーツといわれている、旅回りのメディスン・ショー(薬を売るための巡業演芸)の伝統を受け継ぐショー形式で、「顔を靴墨で塗って、カツラをかぶり、黒人の真似をする白人によるコメディ・ショー」のこと。20世紀初頭に非常に流行ったものです。 ミンストレル・ショーは、1929年でほぼ絶滅した芸能です。 そして、人権問題、人種差別問題が深刻化していき、社会意識が変わってくる20世紀後半以降は、ミンストレルという芸能形式自体が、歴史的にも、ほとんどNG,御法度の世界。 ジャズであれ、ブルーズであれ、カントリーであれ、アメリカ芸能は長い伝統と歴史の上に成り立っていますが、ミンストレルだけは完全に消滅したジャンルなのです。 というのも、ミンストレルというのは、「馬鹿で間抜けな黒人の役柄を、あえて白人が誇張して演じる」というところに笑いの重点があり、当時としては「黒人は間抜けな田舎者ばかり」という、明らかに間違った人間観に基づく、不当な差別意識から発生したものだからです。アメリカの歴史上は、できれば「なかったことにしたい」ジャンルなわけですね。 さらに、ミンストレルというのは、基本的に...

天国からの大きな贈り物 ー ジョゼフ・スペンスの音楽

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その人にしかできない音楽ってあると思うんですよ。 なにをいきなり、難しそうなことを言うのかって? ちょっと、最初から話がそれるんですが、ロックの大半って、誰も出来ないんじゃないかな、たぶん。というより、誰がやってもサマになる音楽じゃないと思うんです。 んなアホな!!ざけんじゃねえ!とおっしゃるあなた、気持はわかりますが、ちょっと落ち着いて考えてみて。著作権の話じゃありません。 20世紀初めの楽譜出版時代って、誰でも出来るように、その楽曲そのものが楽譜として売られていました。 そのうち、20年代から映画の時代に入り、「美男美女」が一般大衆のあこがれの的になり、彼らの唄う楽曲は、そのアーティストと直接結びつけられてとらえられるようになりました。でも、まだ、普通の家庭で唄われるような歌(例えばビング・クロスビー=ホワイト・クリスマスとか)が多かった。 さらに、誰が演奏してもよかったのが、「民俗音楽」(カントリーとかジャズとかブルースとか)ではなかったかと思います。 だから、一番、最初のころのロックも、それと同じで、ロックが定着した後とは違うんです。アーティストと楽曲がワンパッケージでとらえられていないんですよね。特にビジュアルがなかった。ロックはジュークボックスとかラジオで普及していった音楽ですから、曲が良ければ、誰が歌っていても関係ない。ヘンな髪型のおっさん、ビル・ヘイリーだって、小さな太ったおっさんのファッツ・ドミノでも構わない。唄っていた内容も、「今夜もロックで騒ごうぜ!」とか「月曜日は憂鬱だ」とか、そんなんだから別に問題はない。 でも、その後、テレビや映画に映し出されるようになってからは事情が変わってきた。ロックンローラーがアイドルになった。すなわち、ビジュアルと楽曲がワンパッケージなった商品になった。 日本でも、昔だったら、にしきのあきら、とか、野口五郎、とか、最近でいえば、嵐とかエグザイルとか、アイドルっているじゃないですか。 あの連中が唄えば、どんなにコテコテのラブソングでも、10代の女の子たちがキャーキャー言いますね?女の子のかわいいアイドルが歌えば、秋葉系のおっさんが黄色い声で応援したりもする。 全く目立たないリーマンのおじさんが、いきなり親しい若い女の子に、真剣に花束かなんか持って、野太い声で「I want you, I need you, I lov...

蓄音機声の怪人 ― レオン・レッドボーン

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  白い麻のスーツを着たレオン・レッドボーン氏は、そのあたたかな夕暮れに、葉巻をくゆらしながら、ゆったりと流れる川を眺めていた。 どこからか、蒸気船の汽笛が聞こえてくる。 レッドボーン氏の口から、葉巻の煙とともに、不思議に懐かしい旋律が流れ出る。 "I went down south to see my gal, polly wolly doodle all day..."  サングラス、口髭、クタクタになったパナマ帽、古めかしいリネンのジャケット、ボウタイ姿の田舎紳士。  大昔の戦前コメディアン、グルーチョ・マルクスのような出で立ちの怪人。  生声自体が蓄音機からきこえるビング・クロスビーのような、深いバスバリトンの声。  そんなおじさんが、ギブソンの旧いアコースティック・ギターを弾きながら、戦前の旧い唄をのんびりと唄うのです。 彼こそが、「知る人ぞ知る、アメリカで一番ヘンなおじさん」、「世界一無名な有名音楽家」、レオン・レッドボーン。 レッドボーンは、1970年代に、カナダの、とあるバーの片隅に、まるでタイムマシンに乗って、鼻歌を唄いながら戦前のニューオルリンズからやってきたかのような出で立ちで、突然現れ、大昔のアメリカ民謡「ポリー・ワリー・ドゥードゥル」を唄ったときから、伝説の人物になりました。 そして、そのまま、時が止まっているかのように、演奏スタイル、声、バックバンドの演奏、選曲、何もかも不変のまま、今日まで、すでに40年近く経っています。 しかし、昔も今も、レッドボーンのレコードやステージは、まったく変わらず、どっかの安酒場で、おかしな酔っぱらいのおじさんがデタラメにギターいじりながら、良い気分になって鼻唄を唄っているとしか思えないノリ。 そのまったく、やる気を感じさせない唄と、一見デタラメに見えるギター・テクニックは、技術と実力を感じさせないユルさを演出していて、これがたまらなく心地よい。 酒を片手に舞台袖からブラブラと登場、ギターソロを弾いたと思ったら、いきなり途中でやめてくだらない冗談を言い出したり、曲の演奏よりもサポートメンバーとの漫才が長かったり、単にグダグダと飲んでたり、といった具合。 「ショー」という気合いも気負いもぜんぜん感じさせず、曲もたいてい、毎回似たようなものをだらだらやるだけ。 それにもかかわらず、なぜかいつも...